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zoom RSS サハリン(樺太) その5

<<   作成日時 : 2005/06/24 06:06   >>

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サハリン州は旧ソビエト連邦時代に、戦後の統治政策として本土から移民を推進した地域である。連邦内の貧しい共和国より賃金水準を高めに設定することで、戦後に占領した南樺太地域へ急激に多くの人を移民させた歴史がある。ソビエト連邦時代の末期に、モスクワ大学出身のフョ−ドロフ氏(後のサハリン州知事)がサハリンで自由経済の実験を行った。フョ−ドロフスカヤと言われる自由市場を試験的に政策として実施した。サハリンは天然資源が豊富であったが、その利益の大半は本土に吸い上げられていたため、フョ−ドロフ氏の理想に掲げていた極東共和国(サハリンの独立)構想の大きな妨げになっていた。そこで、フョ−ドロフ氏はサハリン州知事時代に日本との関係を強化して、日本からの資本投下への期待を込めた政策を数々行ってきた。結果的に今日の札幌や函館への航路開設や日本企業の進出を実現してきた。記憶に残っている人も多いかと思うが、大やけどをおったコンスタンチン君が日本へ運ばれ治療を受けたことがあった。あれもフョ−ドロフ知事と北海道の横溝知事のホットラインがあったからこそ実現できたとも言われている。ロシア政府にとって、不凍港としてのサハリンの役割は重要であるが、実際に現地に住む人々は、日本との交流を活性化することで、暮らしが豊かになると考えている。遠くの親戚より近くの隣人といったところだろうか?歴史的背景からも現在サハリンに住む人々は、本土の政策を快く思っている人は少ないのが実情である。以前、日本統治下の時代もあった訳であり、国や人種を超えた地域交流を実現できるようになって欲しいものだ。

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サハリン(樺太) その5 ブラスの響き/BIGLOBEウェブリブログ
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